ゆっくりとではありますが、震災からの復興は着実に進んでいるものの、その道程はまだまだ遠い。
気候も良くなり、行楽に最適なシーズンを向かえ、福島県三春町出身の登山家、田部井淳子さんは「福島の素晴らしい自然をぜひ歩いてほしい」と話す。
東日本大震災・原発事故の被災者を誘ってのハイキングを毎月実行しています
震災が起きて私に何ができるかと真剣に考えました。
登山の道具は役に立つと思い、羽毛服やズボン、手袋などを山の仲間で集めて送りました。
その後、避難所を訪ねた時、被災者から「一日何もすることがないのはすごくつらい」と聞き、ハイキングでもしてみてはと誘うと「それいいね」と返ってきました。
1回目は震災3カ月後の6月、会津若松市の芦ノ牧温泉に避難していた福島県楢葉町の5人を誘い、裏磐梯の五色沼に行きました。
バスの中ではみんな黙っていて話が弾まない。
ところが五色沼に着いたとたん、「すごくきれい」「磐梯山は裏から見ると形が違うね」などと大声でしゃべり出して驚きました。
素晴らしい自然は人を元気にすると改めて確信
夫婦で参加した奥さんは「主人はあの日から一歩も外に出ようとせず、いっしょに歩くのは3カ月ぶりです。ふだんと顔つきが全く違います」と喜んでいました。
自然の中を歩くだけでこんなに元気が出るんだと改めて確信し、毎月続けようと決めました。
ハイキングは今月で23回になり、参加した被災者は延べ700人にのぼります。
若い人も元気づけたいと昨年夏、被災地の高校生の富士登山も行いました。
日本一の富士山に登ったら自信になり、一生忘れない思い出になると思ったのです。
すぐに定員60人が集まり、全員が頂上に立ちました。
感想文に「つらくて何度もやめようと思ったが、あきらめなくてよかった」「頑張ればできることを学んだ」とあり、1回で終わらせてはいけないと思いました。
10年くらいは続けるつもりです。
福島の自然は素晴らしいと訴える
福島の魅力は何と言っても自然です。
私の役目は福島の自然の良さをみんなに知ってもらうことです。
いろんな山を歩いてきましたが、福島の自然を知らずにいるのは気の毒だと思うくらい。
磐梯山に安達太良山、吾妻山、会津駒ケ岳に尾瀬、飯豊山……。
山深いのに首都圏から遠くなく、東北をたっぷり味わえる。
多くの人に自分の足で歩いてほしいと思います。
旅行会社とのコラボレーションで、首都圏の人を募り、「歩いて泊まって買って帰ろう」を合言葉に東北を旅する応援ツアーも実施しています。
今週も日本三大桜の三春町の滝桜を訪ねるツアーを実施しました。
福島県民は口下手で遠慮がち。
それでいわれのない風評被害を受けています。でも自信を持っていい。
私ももちろん応援しますが、福島に住む人も風評に屈せず、「何くそ」と福島の良さを訴えてほしい。もっと誇り高く、「前へ前へ」です。
※たべい・じゅんこ 1962年昭和女子大卒。75年女性で世界初のエベレスト登頂。73歳。
※2013年4月 日本経済新聞より