「 自然と生きる人物伝 」一覧

モンベルの辰野勇が語る経営学(7)震災を「アウトドア」で支援

モンベルの辰野勇が語る経営学(7)震災を「アウトドア」で支援

今、日本だけでも台風や地震、大雨などでこれまでにないぐらいの被害が各地で起こっています。 これまでなら警報が発令されても、一晩ぐらい避難所なる公民館や体育館などに避難すれば帰宅できていたのですが、最近の被災状況は尋常ではなく、数カ月に及ぶ避難生活を余儀なくされている人々がたくさんおられます。 避...

モンベルの辰野勇が語る経営学(6)「これ欲しい」を商品で実現

モンベルの辰野勇が語る経営学(6)「これ欲しい」を商品で実現

厳しい自然環境の中で使ってこそ、モンベルの商品は良さが実感できます。 これは最近流行りの都会派アウトドアブランドやファッションブランドのアウトドア路線とは、大きな違いがあります。 本当に使うシーンを知った者でないと、絶対に発想できない小技が商品の随所に込められているからです。 本当に使い勝手の...

モンベルの辰野勇が語る経営学(5)冒険心、カヤックで再び

モンベルの辰野勇が語る経営学(5)冒険心、カヤックで再び

モンベルの活動は山岳だけではありません。 辰野勇氏は川を下るカヤックにも挑戦をはじめ、それにともなって積極的にカヤック用の商品開発を進めていきました。 なぜ、辰野氏は山から遠ざかるようにカヤックの世界へと導かれていったのでしょうか。 ●モンベル創業の年にカヤックを始め、急流を下るスリルに夢...

モンベルの辰野勇が語る経営学(4)パタゴニアとの成功と別れ

モンベルの辰野勇が語る経営学(4)パタゴニアとの成功と別れ

世界のアウトドアブランドの老舗といえば、パタゴニアを知らない人はいないでしょう。 そしてパタゴニアの商品開発に、モンベルが深く関わっていたことを知る人は、ほとんどいないのではないでしょうか? モンベル創業から3年目のこと。 日本である程度基盤を築いたモンベルの辰野氏は、欧州に単身売り込みに行き...

モンベルの辰野勇が語る経営学(3)独立の契機は特殊繊維

モンベルの辰野勇が語る経営学(3)独立の契機は特殊繊維

辰野勇氏はアイガー登はんの成功で、自らの登山の技術に自信を持つようになりました。 そこで帰国後にまず行ったことは、国内初のロッククライミング学校を立ち上げることでした。 今ではモンベルが様々なアウトドア体験イベントや、講習を行っていることはよく知られています。 メーカーとして、アウトドアレジャ...

モンベルの辰野勇が語る経営学(2)人生の目標得た1冊

モンベルの辰野勇が語る経営学(2)人生の目標得た1冊

モンベルの創業者である辰野氏は、商人の町として歴史がある大阪府堺市に8人兄弟の末っ子として生まれました。 実家はすし屋を営んでいて、物心がついたころから両親が働いている姿を間近に見て育ったそうです。 辰野氏はそんな両親を見ながら、自分もやりたいことを仕事にしたいと考えるようになりました。 しか...

モンベルの辰野勇が語る経営学(1)怖がりゆえの早い決断

モンベルの辰野勇が語る経営学(1)怖がりゆえの早い決断

総合アウトドア用品のモンベル(mont-bell大阪市)と言えば、アウトドアスポーツを楽しんでいる人で知らない方はいないと思います。 特に実地検証と体験に基づいた商品づくりに信頼をおいて、ずっと使い続けている人は多い。 しかもブランド価値を世界的に高めつつも、価格は機能性と品質を鑑みた場合、リー...

山の息吹に神仏を感じて。立山修験の復興にかける佐伯史麿さん

山の息吹に神仏を感じて。立山修験の復興にかける佐伯史麿さん

修験道では山は生命エネルギーとふれあう場所。 日本人の魂の原形がそこにある。立山の美しい山並みが背後に控える、立山町の芦峅寺集落。かつては立山信仰の布教の拠点となった土地である。この町に、立山信仰の原点に立ち戻ろうと、修験復興の活動を始めたひとりの若者がいる。立山信仰のふるさと芦峅寺白装束に身を包ん...

アウトドアの達人社員が揃うモンベル(mont-bell)

アウトドアの達人社員が揃うモンベル(mont-bell)

大阪に拠点を置き、世界に専門店を展開するアウトドアメーカーと言えば辰野勇さんが創設したモンベル。実体験で検証されたその品質の良さと、適正な価格設定で私も長く愛用している商品がたくさんあります。 そして有名な話では、モンベルに勤めている社員は全て「アウトドアの達人」もしくは「アウトドアを愛している人...

極限の山エベレストの世界、松浦輝夫さん。心が血が伝わってきた、登山家 植村直己と結んだロープ

極限の山エベレストの世界、松浦輝夫さん。心が血が伝わってきた、登山家 植村直己と結んだロープ

チーム登山で一番大事なのは自己犠牲の精神 冒険家・植村直己が冬期のマッキンリー(米・アラスカ州)で亡くなって30年がたつ。1970年、日本人初のエベレスト登頂の快挙は、この植村と松浦輝夫さん(80)のコンビだった。 松浦さんは大阪市内の自宅で話してくれた。所有する賃貸住宅に居を構えるが「ハイ...

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