アルピニスト野口健 自然と国家と人間と

七大陸最高峰の最年少登頂達成し、それからメディアに注目されながらも、エベレストの清掃登山などをはじめ、自然との共存を自らの行動で啓蒙し続けている野口健さん。
最近の登山の流行や、登山を取り巻く環境について語られた記事を紹介いたします。

野口健さん

 

●遭難は人災、焦らず慎重に中高年は油断なく

最近、中高年の遭難が増えています。圧倒的に人災が多く、判断ミスが原因なのです。

ヒマラヤなどでは気合を入れて行くので意外とミスは起きにくいのですが、国内では油断が生じやすい。

日本人は最悪の事態を想定するのが得意ではないのかもしれません。

「どうにかなる」と根拠なく楽観する。僕はインナー(下着)の替えは2、3枚は必ず持って行くし、テントのフライシート(外張りの布)やポールも予備を用意します。

中高年の登山者で気になるのは、ヤッケやダウンなど目に見える部分には競うようにお金をかけるのに、インナーに無頓着だということです。

インナーがダメだと、どんなに立派なダウンを着ようが、汗でぬれて体力を消耗します。内側から冷えるのです。値段が高くても早く乾き、ぬれても冷たくない下着を身に着けるよう勧めています。

日本の中高年は、時間はあるはずなのにせっかちです。ヒマラヤにもたくさん来ていますが、早く登りたがる。

高所はゆっくり時間をかけて体を順応させないといけないのですが、あそこも行きたい、観光もしたいと欲張りです。

でも、山では余裕を持つことが大事。ヒマラヤで清掃活動をしていると気付きます。

無理をして遭難する登山隊はごみをたくさん残す。持ち帰る心の余裕がないのです。

日本人はグループで山に行くと、調子が悪くなっても、周りに迷惑をかけると思って我慢する傾向がありますが、これも問題です。

そのうちガクッときちゃうんですね。
自分の弱みも遠慮なく言えるのが山の本当のパートナーだと思います。

 

●生きる力を体で覚えて 子供の頃から自然体験を

ヒマラヤに来ている登山隊を見ると、それぞれの国の勢いが表れていて面白い。

若い隊員が多い国って勢いがあるんですよ。中国や韓国もそうだし、チャレンジ精神を感じます。

その点、日本の登山隊は60代が中心で、20代や30代はわずかです。

あるとき、高度4700メートルの山小屋で韓国の修学旅行生たちと出会いました。

山歩きをして、ふもとの村でボランティアをするそうです。

うらやましかった。

日本では絶対に却下されるでしょう。

学生のころ八ケ岳に行くとジャージー姿の中高生がうようよいたのですが、あまり見なくなりました。

事故が起きると学校の先生は責任を取れないし、反対する親も多い。

子どもたちを危険な体験から遠ざけているわけですが、長い目で見るとリスクを避けたことにならないかもしれません。

10年くらい子ども向けの環境学校を開いていますが、生命のピンチに立ったとき、パニックで固まってしまう子がたくさんいるのです。

例えばシーカヤック(カヌー)で転覆したとき脱出する訓練をすると、事前に方法を教えても、水につかると目をつぶってじっとしている子がいる。岩登りで落ちかけても、手をグーにしてどこにもつかまろうとしない大学生もいました。

公園の木に登ったことがないとか、小さな自然体験も皆無の子が実に多い。それで大人になったとき、生きる力が身につくのでしょうか。

山に行けば自然の変化や環境問題に気付くし、仲間と助け合う中でチームワークも身につく。そうした活動は社会に関心を持つきっかけにもなると思うのです。

 

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●遭難死と向き合う、生への執着心を生む

エベレストなどザイル(命綱)を使って登る世界では、誰もが遭難する可能性があるので、誰かが死んだとき、意外だと思ったことはありません。

どんなに気をつけても死ぬときは死ぬ。実際、僕もたくさん仲間を失っています。だから「命を粗末にしている」と言われることがあります。でも、僕らが命を軽視しているかといえば、それは全く違います。

エベレストに登ると遭難者の遺体をたくさん目にします。

雪崩で損傷したものも多い。理屈で考えるのではなく、死が感覚で分かる世界です。

人間も動物。死を身近に感じると、死に対する抵抗が始まる。生に対する執着心がわくのです。

ですから安全な場所で過ごしている人たちより、山に行く人の方が死なないために必死になります。

生きたいと強く思うのです。

ヒマラヤに行くたびに、仲間たちと亡くなった仲間の思い出話をします。「彼はあそこでこんなふうに死んだ」と。

そうやって一緒に話していた人が、次の年には亡くなって話題にされる。

そのうち「ケンも去年は元気だったよな」とみんなが話している風景がイメージできるようになります。

明日は我が身。自分も例外ではないぞと感じたとき、じゃあ自分に残された時間で何をしようと、ぐっと気持ちが集中するのです。

人は死をリアルに感じないと、「生きてる」「もっと生きたい」「生きている間に自分に何ができるのか」と感じられない生き物なのかもしれません。

死と向き合うことは、生と向き合うこととたぶん一緒なのだろうと思います。

 

●祖父が残していった宿題 戦没者の遺骨収集

海外や沖縄で戦没者の遺骨収集活動をしています。なぜ登山家がと不思議がられますが、僕の中ではつながっています。

山に行くようになって、仲間をたくさん亡くしました。

2007年、2度目のエベレストでは、山頂で握手して「やりましたね」と喜び合った仲間が、下山を始めた直後にショック状態に陥りました。

がたがた震えて、口から泡をふいて。彼は自分が生還できないことを悟って、僕に「先に行け」と言う。

でも、なかなか行けないですよね。最後に聞き取れたのは「すぐに追いつくから行ってくれ」という言葉。僕が下山しやすいよう気遣ったのでしょう。その後、彼は息を引き取りました。

遺体が落ちないようにロープで固定し「まだやるべきことがあるので、残して帰る。ごめん」と謝って下山しました。

彼の死の覚悟について考えながら、もう一つの覚悟に思い当たりました。仲間を残し、生きて帰る選択をした僕自身の覚悟です。

そのとき、太平洋戦争に従軍した祖父のことを思い出しました。

祖父は僕が高校生のころ、「たくさん部下を死なせたのに生きて帰った。長生きして幸せになるほど苦しい」と話していました。

初めて祖父の気持ちが理解できた気がしました。生き残るのにも覚悟がいるのです。

遺骨収集は祖父が僕に残した宿題だと思っています。

自然の中に入るのは命と向き合うことと同じ。

様々な活動を通じ、生きる意味を若い世代に伝えていきたいと思っています。

※野口 健(のぐち けん、1973年8月21日生まれ)アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストン市出身の日本人登山家。了徳寺大学客員教授。亜細亜大学国際関係学部卒業。
※参考 2013年3月  日経プラスワン連載記事より

 

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