山を歩いていると、禅問答をしているように周りの自然と対話をしている自分に気づくときがあります。
その対話は人それぞれで、同じ山道を歩いていても違う物語の中を歩いています。
思えば山に興味を持ったきっかけは何だったのか?
山への関心を深めてくれたのは何だったのか?
それは先人たちが書き記した山のエッセイや、山岳小説、登山家の紀行文や伝記、ドキュメンタリーからフィクションまで、文章から溢れ出てくる自然の風景や厳しさ、冒険に強く影響を受けたのは間違いがない。
山歩きのノウハウも、最初は小説から学んだのかもしれない。
特に実際に山歩きを始めてから、改めて読むと臨場感がリアルに伝わってくるから面白い。
山の名著に学ぶ
山に興味を持った頃、まずは本屋に行ってガイドブックやノウハウ本を探すと思います。
それも良いのですが、興味を深めるのに最適なのは、やっぱり山の名著を手にとることをおすすめしたい。
文章を通して先人たちに教えを乞うは、楽しいものです。
特に普段は単独行のハイカーであれば単一的になりがちな山を見る視点が、本を読むことによっていろいろな角度から情報を得ることで変わってくるからおもしろい。
だから、ひとり歩きに行き詰った時や、次に行く山をもっとおもしろく登るためにも、山の本を読むのがおすすめ。
きっと山の先人たちが、こっそりと山登りの秘訣を教えてくれるに違いない。
山と渓谷社のヤマケイクラシックスシリーズや、平凡社の平凡社ライブラリーに山の名著の復刻本が多いので、探してみるといいでしょう。
ひとり歩きハイカーの必読の書
ひとり歩きの大先輩たちの書物は、山を歩く時に必要な物事を多く学ぶことができます。
新田次郎の小説『弧高の人』のモデルになった兵庫県生まれの加藤文太郎の『単独行』
この本は「生まれながらの単独行者」と呼ばれた加藤文太郎の死後、遺稿集の形で出版された一冊です。
加藤文太郎は多忙なサラリーマンをしながらも、山に登るために自分なりのトレーニング方法をあみだし、山への情熱をかたむけていった人。
その足取りは着実で低山から高山へ、夏山から厳冬期登山へと進んでいった。
なかでも上ノ岳、三俣蓮華岳、烏帽子岳を一月の厳冬期にわずか10日間で縦走したのは驚異的なこと。これも持ち前の闘志と体力がなしえたものでしょう。
残念ながら槍ヶ岳の北鎌尾根で三○歳という若さで帰らぬ人となってしまったが、『単独行』には
「単独行者よ、見解の相違せる人のいうことを気にかけるな。もしもそれらが気にかかるなら単独行をやめよ。何故なら君はすでに単独行を横目で見るようになっているから。悪いと思いながら実行しているとすれば犯罪であり、良心の呵責を受けるだろうし、山も単独行も酒や煙草になっているから。良いと思ってやってこそ危険も無く、心配もなくますます進歩があるのだ。弱い者は虐待され、滅ぼされていくであろう。強いものはますます強くなり、ますます栄えるであろう。単独行者よ強くなれ!」
加藤文太郎の書には、ひとり歩きをする者にとって励まされる記述が多いのです。
加藤文太郎と同じ兵庫県生まれで、世界の冒険家と呼ばれた植村直己
エベレスト以外の五大陸の厳高峰の全てを、ひとりで登ったのはよく知られるところ。
1984年に冬期単独登頂に成功したマッキンリーで行方不明になってしまったが、ドングリの愛称で親しまれた植村直己のあの笑顔と数々の業績は忘れられない。
『青春を山に賭けて』『極北に駆ける』『北極圏一万二千キロ』『北極点グリーンランド単独行』『エベレストを越えて』は一読したい。
「あきらめないこと。どんな事態に直面してもあきらめないこと。結局、私のしたことは、それだけのことだったのかもしれない。」
植村直己の偉大さと謙虚な姿勢が現れた言葉です。
世界を代表するソロ・アルピニスト、ラインホルト・メスナー
ドロワット北壁など単独で、しかも初登攀したばかりでなく、世界中の名だたる高峰をそうなめにした超人。
いろいろな本が出版されているが『ナンガ・パルバート単独行』は初の8000m級の単独行記にとどまらず、ヒマラヤ登山の様変わりを知る上でも興味深い。
「目の前の山に登りたまえ。山は君の全ての疑問に答えてくれるだろう」
ラインホルト・メスナーの言葉を読むと、今すぐにでも山へ向かいたくなります。
このほかには浦松佐美太郎『たった一人の山』、また、山というわけではないが河口慧海の『西蔵旅行記』、堀江謙一『太平洋ひとりぼっち』、チチェスター『孤独の海と空』など一読をおすすめしたい。
山域には山域の名著がある
山に登る誰もが必ず購入する本はガイドブックです。
初めて行く山では、地形図とともになくてはならないもの。
しかし、それだけでは山の概略しか把捉できません。
その山の魅力をより深く知る意味でも、各山域について語られた名著に目を通すと山が一層身近に感じられます。
たとえば、八ヶ岳なら赤岳での遭難を書いた芳野満彦の『山靴の音』や、初めは八ヶ岳のカイドブックとして書かれたという山川耀久の『北八ッ岳』は詩人的な感性があふれる読みもの。
また、詩人・尾崎喜八の『山の絵本』は不思議な魅力がある散文集です。
もう大きな図書館でしか読むことができないかもしれませんが、大菩薩連嶺の場合は松井幹雄編著の『大菩薩連嶺』、岩科小一郎の『大菩薩連嶺』がおもしろい。
前者には、武田久吉が「大菩薩峠の初旅」と題した紀行文を寄せているが、明治39年に青梅から大菩薩峠を越えるためにいまでは想像もつかないような苦労をする姿が描かれています。
後者は地名の由来からその地にまつわる話まで載っていて、大菩薩連嶺をこよなく愛するハイカーにとって手放せない本です。実際そこを歩く時、知っているのと知らないのとではやはり大きな違いがある話がたくさん書かれています。
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