ふとしたきっかけで出会う神の宿る樹。
樹と対話をしに行きませんか?
神服神社のヤマモモ(大阪府高槻市)
433年ごろに建立された古社の本殿前に、その巨樹はある。夕暮れ時、葉は金色に神々しく輝いてた。樹に近づくと幹周り3.42mの風格ある幹に、竜のように自由奔放にうねる多数の枝がうごめいている。丸い帽子型の外見からは想像できない躍動感。あぁ生き>続きを読む
素戔嗚尊神社のカツラ(大阪府高槻市出灰)
芥川の人里離れた上流にある出灰(いずりは)から、さらに奥まったところに素戔嗚尊神社がある。境内は昼間でも暗く、神域であることを感じる。そこにカツラの巨樹がある。遠くからでもわかる28mの樹高と、3.89mの幹周り。何本もの太い幹が合わさり、>続きを読む
芥川の古社「八阪神社」(大阪府高槻市)の巨樹
牛頭天王と素戔嗚尊を祀る9世紀後半に建立された神社。芥川沿いの山裾の集落に小さな森を形成しているが、樹をとりまく環境は厳しいようだ。本殿の横に幹周4.3mのツブラジイがある。上部の主幹は折れ、樹の内部も一部空洞化していて痛みが激しい。だが生>続きを読む
庄所町のツブラジイ(コジイ)大阪府高槻市
病気に弱く、あまり長生きしないといわれているツブラジイが民家の庭先を占領している。巨樹として申し分ない立派な姿であり、高さ14m、幹周り4.82mの計測以上に大きく感じる。ちょっと不格好な姿とゴツゴツとした幹に、不器用だけれど純朴な鬼の姿を>続きを読む
春日神社のクスノキ(大阪府高槻市上牧)
淀川の流れから近い上牧という町がある。かつては深い森の中に、荘厳な社殿を構えていた神社である。今、広い境内は町民の憩いの場であり、高さ14m、幹周3.78mのクスノキが静かに見守っている。地面が固くなってしまったせいか、細かく絡み合った根が>続きを読む
畑山神社のクスノキ(大阪府高槻市)
7世紀後半に市内最古の寺院「梶原寺」が、この畑山神社の前にあったという。 明治の神仏分離で畑山神社のみとなった。そんな時代の流れをある時は仏の化身として、ある時は神そのものとして、じっと見つめていたのが、このクスノキだ。 高さ19m、幹周5>続きを読む
一乗寺のクスノキ(大阪府高槻市)
西国街道の風情残る町並みのほど近くにある一乗寺。創建は不明で荒廃していたが、応永34年(1427年)、「鍋かむり上人」と呼ばれた日親上人が、地元住人に請われ建立した。 この寺には弁慶が馬をつないだとの伝説がある高さ29m、幹周6.4m、樹齢>続きを読む
巨樹みる自然崇拝と人間の本質について・・・
巨樹を目の前にしたとき、巡る想いは人それぞれ。古代から私たちが巨樹に接する際には、大きく分けて二つの想いがあるという。一つは「巨樹そのものを信仰の対象とする」もので、巨樹そのものの生命や履歴を考えるもの。もうひとつは、沖縄の御岳信仰のように>続きを読む
巨樹は男性それとも女性なのか?
マザーツリーという言葉が西洋にはあります。だから大きな樹を母性に例えたりする文献をよく見ます。では日本はどうかというと、八百万の神々の信仰という古代からの風習があるので、土地によって違いがあるようです。特に男女の区別はなく、ただ「神」として>続きを読む
山が多い島国日本で巨樹の森は地球と人間をつなぐ神経のようなもの
ちょっと気分的に優れないとき、嬉しいことがあって気持ちが高ぶっているとき、気持ちをリセットしたいと思ったら、巨樹の森を歩きながら森林浴をするのがいちばんいい。乱れた精神状態を、すっきりと整えてくれます。巨樹の魅力と、健康に効果的な森林浴の方>続きを読む
お田植え桜から地球環境の研究まで。深すぎる巨樹と人の関わり
縄文時代から現代に至るまで巨樹と私たちのかかわり方は、土地の風土共に引き継がれてきました。例えば船に乗って好漁場を特定する場合の目印として、つまり「山当て」をおこなう上で、大きな岩などとともに巨樹は欠かせない道標として利用されました。「あの>続きを読む