柳生一族の史跡と伝説を感じながら奈良県柳生街道「剣豪の里」を歩く

奈良県柳生

柳生十兵衛らが活躍した柳生一族でおなじみの剣豪の里を歩く。
里のあちこちには、柳生一族ゆかりの屋敷や寺などが点在しています。
なかには柳生新陰流を編み出した石舟斎が切ったという一刀石など不思議なものもあり、言い伝えを想像しながら歩くのもいい。

剣豪の里・柳生は都からも隔離されたかのように盆地にひっそりとたたずみ、まるで小さな独立国。
3月下旬は桜、6月は花しょうぶが見ごとで歴史マニアだけでなく、多くの観光客で賑わいます。
家老屋敷・柳生藩陣屋跡・芳徳寺など柳生家ゆかりの史跡を訪ねた後、東海自然歩道に入る。
阪原峠(かえりばさ峠)までは石仏の名作が並ぶゆるやかな上り、峠を越して箱庭のような風景を眺めながら阪原へ下ります。
南明寺で一息ついたあとちょっとした峠を越すと大柳生の集落。
大和棟の家々を後に最後の山道を上ると忍辱山に着きます。
のどかさ満喫のハイキングコース。

・紹介地域/奈良 柳生
・コースの距離/9km
・配布場所、配布元/近畿日本鉄道
※地域の役所や公共機関が配布していた登山やウォーキングのコース紹介と地図を元に追記。過去の地図と現在を見比べながら歩くのも面白い。

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柳生一族の史跡を巡る見所

<家老屋敷>

江戸時代末期、柳生1万石の家老であった小山田主鈴の旧邸。現在は資料館として公開中.邸内は鴨居、屏風、間取りなど武家屋敷の様式をそのまま伝え、柳生藩士の生活やテレビ「春の坂道」のロケ風景などを紹介。

<柳生花しょうぶ園>

1万㎡の扇形の斜面は紫・白・黄など、色や紋様とりどりの花しょうぶで埋まります。開園=6月上旬~下旬。

<柳生陣屋跡>

柳生新陰流を生み出した石舟斎の子、宗矩が築き、明治の廃藩で消失。一帯は桜を中心とした花の公園となり、絶好の休憩地に。
寛永14年(1642年)年に柳生宗矩が3年をかけて建てた柳生藩の陣屋跡です。「柳生藩日記」によると、その坪数は1374坪(454㎡)。表は竹の枝門であったと記されています。
その後、宗冬に増築整備されましたが、延享4年(1747年)の火災により全焼し、仮建築のまま明治の廃藩により姿を消しました。昭和55年6月に史跡公園として整備されました。

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<芳徳寺>

柳生家の菩提寺。境内からは柳生の里一望。本堂には宗矩、沢庵・列堂和尚の木像が祀られ、隣接の史料室では柳生藩の資料を展示。寺の裏には石舟斎以下柳生一族が眠る墓地も。正木坂道場も剣の里らしいたたずまい。
柳生の里を一望の元に景観できる山上にある柳生家の菩提寺です。
江戸初期(1638年)に柳生宗矩が父の菩提を弔うために、親交のあった沢庵和尚を開山として建立されました。本
堂には本尊の阿弥陀如来を中心に、左右に柳生宗矩像や沢庵和尚像が安置されています。また、隣接する史料室には柳生藩の資料が展示されています。

<天乃石立神社(あまのいわだてじんじゃ)>

昼なお暗い谷に埋まるきんちゃく岩など4つの謎の巨岩がご神体。天の岩戸から飛んできたという伝説もうなずける迫力。石舟斎が天狗と思って切ったという一刀石も大自然の不思議をまざまざと見る思い。
柳生町の戸岩谷にある神社で本殿を持たず四つの巨石が御神体として崇められています。
伝承では、手力雄命(たぢからおのみこと)が、天岩戸の扉を引き開けた時に、力余って、ここまで飛んで来た岩戸の扉であるという伝説があります。
柳生家の修練の場とも呼ばれ、歴代柳生家の崇敬があつかったといわれています。

<ほうそう地蔵>

ほうそうよけに作られたという高さ3mの石仏。元応元年(1319)の銘が認められ、借金棒引きをうたった徳政一揆の銘文も興味深い。
疱瘡(ほうそう)とは「天然痘」のことで人類を苦しめた恐ろしい伝染病でした。1980年にやっとこの世から天然痘根絶宣言が、WHO(世界保健機関)から出されました。
昔、子供が不治の疱瘡に掛からないよう、この地蔵さんにお祈りしてお願いしたのでしょう。

<南明寺>

なぜか気の安らぐような簡素な美しきをもつお堂。鎌倉時代に建てられた寄棟追のむ剃。本堂内には薬師・釈迦・阿弥陀の3如来を安置。
南明寺の軒は一軒、斗栱は舟肘木という簡素な構造で、村里に相応しい美しさ
となっています。垂木の断面は上辺が直線で、下辺が円の変形楕円。扉は「板唐戸」で鎌倉以降の様式です。

<夜支布(やぎう)山口神社>

こんもりした森の中にたたずむ延喜式内社。8月17日の大柳生太鼓踊りは、ここのお祭り。境内では春日造りの立磐神社本殿が美しい。

<一刀石>

戸岩谷にある約7m四方ほどの巨石で中央から2つに割れています。
柳生石舟斎宗巌が修行中にこの戸岩谷にわけ入ったところ天狗がいたので、その天狗を宗巌が一刀のもとに切り捨てたところ、巨石を2つに割っていたもので、これを後世「一刀石」と呼ぶようになったと伝えられています。

■地図(クリックすると拡大します)

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※地図のダウンロードはこちら(配布終了でリンク切れの場合あり)
http://www.kintetsu.co.jp/zigyou/teku2/pdf/nara04.pdf

※配布が終わったもの、ネットから削除されたものも資料として残しています。
あくまでも数年前の過去に作られた地図が多いので、現在とは道が大きく異なる場合がよくあります。特に山道以外の舗装路は変わっている可能性が高いです。

※実際に歩く方は書店等で該当地域の最新の地図やガイドブック(発行年が最新のもの)を手に入れてから行動してください。この記事や地図を利用しての事故や遭難等には一切責任を負うことはできません。自己責任で行動をお願いします。

以上、柳生一族の史跡と伝説を感じながら奈良県柳生街道「剣豪の里」を歩くのご紹介でした。

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