山形市出身の冒険家 関口裕樹 北極点へのこだわり

この記事の目次

北極点にこだわっている冒険がいる。その人は、山形市出身の関口裕樹さん(27)。
2014年の6~7月に米カリフォルニア州デスバレー国立公園を13日間かけて、約760キロを自転車で走破するなど、砂漠や酷寒の地を単独で踏破してきた経験を持つ。

その関口さんが「自分の限界に挑戦したい」と。北極点到達に向けて、準備を進めています。

冒険家 関口裕樹

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「より厳しい自然に挑戦したい」

冒険の舞台は、世界最高気温56・7度を記録したデスバレー国立公園。

2014年6月30日(現地時間)に、水18リットルやテントなどの装備を詰めた40キロの荷物を自転車に積んだ。

そして、ネバダ州ラスベガスを出発し、3日目の7月2日(同)、西へ200キロのデスバレーに到着。

英語で「死の谷」を意味するデスバレー国立公園は、南北約225キロに及ぶ砂漠。到着したとき、「熱い空気の層に入っていく感じだった」と振り返る。日中の気温は50度を超えたという。
整った環境で暮らす日本人には、考えられないくらい過酷な環境です。

約6時間走ったところで暑さに耐えきれず、目まいやふらつきなど熱中症の症状が出始めた。

強い日差しを遮る木や建物はなく、日陰を探し続けて1時間後、ようやく岩陰をみつけ、体を休ませた。

しかし、体調は回復せず、翌朝まで約12時間、岩陰にうずくまるしかなかった。持参した水も底をつきそうになったが、時折通りかかる車に乗った人に水を分けてもらい、何とかしのいだ。

「自然の厳しさは、言い換えれば雄大さでもある。自然への尊敬の念が湧いてきた」

関口さんの今後の目標は、北極点と南極点の両方の制覇。
2015年からは、さらなる体力や技術などの向上のため、県内や北海道の山を登ったり、海外へ語学留学したりして、準備を進める。

「これからも自分の限界を超えるような冒険を一つずつ成功させていきたい」と意気込んでいる。

■ギヤップ100℃の恍惚(424回目の地平線報告会より抜粋)

●幼いころは母子家庭で育った

母親は働きに出ていたため、おじいちゃん子だった。
そのおじいちゃんもカナダ北極圏に出かける前に亡くなり、現在は家族構成としては母親と2人である。

小学校のときはサッカー少年で、チームではキャプテン。
中学校で始めた空手は地元山形県では無敗で、すべて優勝。
ところが全国大会の2回戦で日本一強い中学生とあたり完敗。
それ以降、空手はなんとなくやめてしまった。

目標を見失った関口さんの、何かをしたい、という強い思いに「冒険」のイメージがピタリとはまる。そうだ「冒険家」になろうと思った。しかし冒険って何だ?

●冒険とは何か?

誰かの話を聞いて憧れたわけではなく、興味も知識もあったわけではない冒険。

まずは冒険とは何かを調べるために学校の図書館にあった冒険関連の本を片っ端から読んでみた。

印象に残ったのは、永瀬忠志さん『サハラてくてく記』、池田拓さん『ビーグル海峡』だ。山野井泰史さん『垂直の記憶』、平山ユージさん『ユージ・ザ・クライマー』。凄い衝撃を受けた。

この時期にたくさん一流の人の本を読んだことは、わからないなりに自分にとってプラスになった、という。

●わからなくても動く。動くと次の目標が見えてくる

ともかく何をするにしてもお金がいると思い、高校時代はアルバイトして将来のための資金を作り、同時にマラソン、筋トレ、などで体も鍛えている。

わからなくても動く。動くと次の目標が見えてくる。

関口さんの姿勢はぶれず、高校を卒業するとすぐに徒歩日本縦断の旅へ踏み出した。

2006年5月、北海道の宗谷岬からスタート。
基本は野宿と決めたが、初日は野宿がとにかく怖くてほとんど眠れなかった。

初めての旅は沖縄の喜屋武岬まで2715キロ、109日間の徒歩旅だった。

翌2007年、自転車による日本一周。
いずれは世界に出ると決めていた関口さんが、スキルを身につけるための旅。

冒険家 関口裕樹

<この当時、兵庫県にある植村直己冒険館に立ち寄った関口さんのことが、冒険館のブログに記載されている>

H18年5月27日~9月12日 → 徒歩で日本縦断 北海道・宗谷岬~鹿児島、沖縄縦断
H19年5月29日~8月19日 → 自転車で、日本一周 山形の自宅を出発。
こんなスゴイ挑戦をやってのけた、山形県在住の、関口裕樹さん(20歳)。
つい先日、自転車日本一周の旅を終えられたところです。日本一周の時に、冒険館にお立ち寄りいただいたそうなのですが、あいにくその日は、休館日。折角、お越しいただいたのに…申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
でも、どうしても冒険館に来たい!との想いで、今日は、山形から青春18きっぷを使って20時間の道のりをお越しくださいました。
高1の時、何かがしたいと想い続け、“旅” に憧れて、興味を持って以来、植村さんやたくさんの冒険家の本を読み、感化されましたが、きっかけがなく、でも想いだけは、ずっと持ち続けました。
植村さんは、ただただ、憧れの人。冒険館に来て、次の夢に向かっての旅に気合が入りました!と関口さん。関口さんのさらなる目標は、この一年以内に海外へ歩き旅に出発すること。リヤカーマン、永瀬忠志さんのような旅がしたいとおっしゃいます。
関口さんとお話しをしながら、想い続けること、前を向いて歩くことの大切さを教えていただいたような気がします。
これから、海外という未知の世界に向かって踏み出す関口さん、どうぞ気をつけて旅を続けてください。
そしてまた、旅を終えたあと、ぜひ冒険館に遊びに来てください。きっと、今よりワイルドに…!?楽しみにしています。

以上——————–

2008年韓国徒歩縦断。ソウルからチェジュ島。

2009~2010年、雄大な自然の中にテントを張りながら自転車でオーストラリアを一周。最高峰コジアスコにも自転車で登頂した。
オーストラリア人は自転車を止めると、すぐに心配して車が止まってくれるほど親切な人たちで、出会いはいい思い出になっている。

●冒険の質を下げるような行為はしたくない

関口さんはオーストラリアから帰国したころからブログをはじめ、現在はFacebookに記事も書く。

ただ自分のルールとして、現地からの発信は絶対にしない、と決めている。

困難なルートを行くときにメールなどに気をとられると、成功の可能性が下がる。

行動する人がネット配信するのは当然という現在の風潮の中で、自分は冒険の質を下げるような行為はしたくないし、みなさんにも考えてもらいたい、という。

●やる気がしなくなってきた

2010年台湾徒歩縦断。
台湾は徒歩に加えて玉山(新高山)にも登る。確実にキャリアは重ねているはずなのに、この頃からやる気がしなくなってきた。

例えばオーストラリアを自転車で一周すると、周りは大冒険と言ってくれる。

でも実はそれは時間をかければできる。
誰でも出来ることをやるのは冒険家として矛盾してはいないか、と、思うようになったのだ。

●成功率の低い悪条件の中で、自分の限界まで全力を出し切る

近年、関口さんは真冬の北極圏や真夏の砂漠に挑戦しているが、その大きなターニングポイントとなったのが、田中幹也さんをHPで知ったこと。

厳冬期の過酷な自然条件のカナダに、自転車やソリを引いての徒歩などで一人挑む。
冒険の成功率の低い悪条件の中で自分の限界まで全力を出し切る。結果大きな凍傷を負って帰国する。

読んでいて胸が熱くなった。
自分がやりたかったことはこれではないのか。
幹也さんの辛口と言われるコメント。それはまさに自分の話したかったこと。

今まで自分が言語化できなかったイライラを幹也さんが自分の代わりに言ってくれている。

●今の自分の冒険哲学の根底には、田中幹也がいる

幹也さんと同じようなことをするには、自分には寒さに対する経験がない。

そこで2011年、冬の北海道を自転車で走ってみた。
スパイクタイヤを履くと、まったく滑らない。
ところがマイナス20℃で足の指が凍傷に。

今思えば、寒さに対する装備がまるでわかっていなかった。

●日本の登山界・冒険界はスポンサーに関しては否定的

高校卒業後、関口さんは就職していない。

23歳から支援してもらっているスポンサーは、現在9社に。
ただ支援はモノがほとんどで、活動資金は主に夜のアルバイト(某大手牛丼屋)で稼いでいる。

関口さんいわく、日本の登山界・冒険界はスポンサーに関しては否定的だという。
自分が好きでやっている冒険を仕事にすべきではない、という風潮がある。

でも自分はスポンサーを肯定的にとらえている。優秀な人間にスポンサーがつくのは当然で、もっと冒険者の社会的地位を上げ、冒険に集中できる環境を作っていかないといけない。

●24時間、365日、冒険のことだけを考えていたい

自己資金でやるのが美しいと思うのなら、それはそれでいい。
でも自分は24時間、365日、冒険のことだけを考えていたい。
ここにいる人たち全員にこのことは考えてもらいたい。

ちなみに冒険から帰ってきたら住所不定だった関口さん。
現在は登山家の大内尚樹さんの経営するアパートに、冒険中は家賃はいらない、という好条件で住まわせてもらっているそうだ。

●リタイアの本当の理由は恐怖

2012年、厳冬期アラスカ自転車縦断。
州都アンカレッジから北極海のデットホースまでの1400キロ。

冬季は世界でまだ誰も完走していないが自分ならできる、と挑戦するも700キロ地点でリタイヤ。

足の指が凍傷になったこともあるが、本当の理由は恐怖で、圧倒的な自然の力を感じ、その場にいることがもう耐えられなかった。

ただ凍傷は勉強で防げると再起を決意。
「凍傷は寒いからなるのではなく無知だからなる」は、極北サイクリストの安東浩正さんのアドバイスだ。

●最高の師匠

日本にいるとき、関口さんはクライミングをトレーニングとして取り入れている。

クライミングは偶然出会った登山家、柏瀬祐之さんに教えてもらった。
柏瀬さんは難易度だけが基準だった登山界にインタレストグレード、面白いか面白くないか、という基準を作り出した人。

登山において最低の安全確保はするが、後は好きにやらせてくれる。上から命令されるのがイヤな関口さんには最高の師匠だ。

●ゴールは自分で決めればいい

そして2013年厳冬期、再びアラスカへ。

冬のアラスカは緯度が高いため、日照時間が極端に短くなる。
おまけに、一晩で自転車が埋もれて消えるほどの雪。

坂のアップダウンも激しく、楽なはずの下りもこの気温下では耐えがたいほど寒い。
マイナス20度前後だった気温は、分水嶺の峠を越えた途端に一気にマイナス44度にもなる。

道の終点デッドホースには石油基地があり、北極海は見ることができない。
でもゴールは自分で決めればいい。

●補給はズルい

こうして、ついに厳冬期自転車アラスカ縦断は達成したが、ひとつだけどうしても納得できないことがあった。

何が何でも到達したい、という思いが強く、現地の知り合いに補給をお願いしたことだ。

補給はズルで、美しいスタイルではない。

その件は今も悩んでいる。

2014年、徒歩厳冬期カナダマッケンジー河、400キロ。
23日間徒歩。
凍って道になった川の上をホームセンターで購入したソリを引いて歩く旅。
途中でかつて植村直己さんの北極圏1万2000キロを現地支援した方の親族と出会い、自宅で植村さんの遺品を見せてもらう。

●挑戦には周囲から疑問の声が聞こえてきた

いよいよ「プラス50℃の世界」。
「ギャップ100℃の恍惚」の、もう一方の世界だ。
ただ関口さんの厳冬期冒険のキャリアから、この挑戦には周囲から疑問の声が聞こえてきた。

しかし違うのだ。関口さんは失敗を恐れずに厳しい自然に挑戦して、自分の限界を追及したいだけ。暑い寒いは関係ないのだ。

こうしてラスベガスをスタート地点にして760キロ、デスバレー自転車の旅が始まった。
デスバレー最深部は海抜マイナス86メートル。

意外にも、世界で最も暑い場所の一つは北米カリフォルニア州にある。
今回の旅は水が生命線なので、自転車の前輪両脇に18.75リットルのボトルをとりつけた。

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●朦朧とした意識の中で見た、月と星空

ラスベガスから気温40度の中を進んでいくと、数時間で熱中症になりゲロを吐く。

自信はあっというまに打ち砕かれた。

さらに核心部に迫る坂をくだると気温は10度も上がり、50度に。気絶しそうになり岩陰に避難した関口さんは、そのまま12時間日陰から動けなかった。

普通砂漠は温度差が激しいものだが、デスバレーは深夜12時で気温がなんと42度。
朦朧とした意識の中で見た月と星空が妙に鮮明に記憶に残っている。

翌日、もう自転車に乗れず、ひたすら押して、デスバレー内にあるビジターセンター、ファニースクリークにたどり着く。

ここで静養し、なんとか残りも走りきったものの、暑さには最後まで対応しきれず、いくら休憩しても体力は回復しなかった。

●「関口君って死にそうだよね」

それと僕が死生観について話したからだろうか。
普段からよく「関口君って死にそうだよね」「関口君死なないでね」とマジ顔で言われるが、今回も来場してくれた人から同じ様な感想を言われてしまった。

だけど僕にはまだまだ叶えたい夢ややりたい冒険が無限にあり、その為にも僕は全力で生き続けます。

高校生の時から始まった冒険家人生はずっと変わらずにこれからも僕は冒険の為に生き、冒険が僕を生かしてくれるんです。(関口裕樹)

関口さんがお勧めするアンダーウエア
モンベル ジオラインシリーズ

一見地味な印象のあるアンダーウェアですが、肌に直接触れることを考えるとその機能によって体のコンディションは大きく変わってくると思います。

私が舞台にしているのがマイナス50℃にもなる厳冬期の北極圏、そこで重要なのが汗の処理でした。全ての水分が凍りつく北極では、汗で濡れたままのアンダーウェアを着ることは即「低体温症」に繋がります。そこで汗を素早く乾かすことを重視して、速乾性に優れたジオラインEXP.を使用しています。

そして極寒の北極ならではのレイヤリングですが、更に暖かさも求めて、その上に保温性の高いスーパーメリノウールEXP.を着用。アンダーウェアのレイヤリングです。その感想としては「抜群に暖かい」の一言に尽きます。

行動中マイナス20℃程度であれば、この上にアウタージャケットを着れば十分。さらに気温が下がればミドルレイヤーとしてフリースを着込み体温調節を図り、、寒くなくかつ汗をかき過ぎないように工夫しています。

ジオラインの速乾性とスーパーメリノウールの保温性は、僕の冒険には欠かせない存在です。

【あす楽】
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●関口裕樹さんのブログ
http://ameblo.jp/timl40000k/

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