モンベルの辰野勇が語る経営学(7)震災を「アウトドア」で支援

今、日本だけでも台風や地震、大雨などでこれまでにないぐらいの被害が各地で起こっています。

これまでなら警報が発令されても、一晩ぐらい避難所なる公民館や体育館などに避難すれば帰宅できていたのですが、最近の被災状況は尋常ではなく、数カ月に及ぶ避難生活を余儀なくされている人々がたくさんおられます。

避難所ではプライバシーもありません。最低限必要な物資や機材も足りません。

そんな極限とも言える状況下で役に立つのは、常に厳しん環境を想定して開発されたアウトドア商品です。

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●東日本大震災が発生!被災地で支援活動をするアウトドア義援隊を結成

2011年3月11日。モンベルの辰野氏は大阪の本社にいました。

突然の強い揺れに驚き、すぐにテレビをつけると、大変な事態が起きていました。

すぐさまアウトドア関連の企業や団体、個人に呼びかけ「アウトドア義援隊」が結成されました。

翌日には、モンベルの社員2人が被災地に入りました。

仙台港にあるモンベル直営店は、津波の被害が大きかったのですが、従業員は無事でした。

翌々日、辰野氏もハイブリッド車に乗って、北陸の流通センターに向かいました。

義援隊で集めた支援物資を、流通センターに保管できるか確認するためです。

次に辰野氏は、山形に行きました。

被災地の救援には、支援基地が必要になります。

仙台の店舗はスペースが小さく、原発事故による放射能のリスクもあったので最適な場所とは言えません。

そこで天童市のミツミ電機工場跡を基地にしました。

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宮城県内は道路が分断され、ガソリンが手に入らず大混乱でしたが、山形は運送便が動いていて支援物資が送れたのです。

それから、山形で車に物資を積み込み、毎日被災地に運びました。

天童市に集まった毛布や薬など、大量の支援物資は、全国から来たボランティアや地元の小学生が仕分けを手伝いました。

現地では、何が欲しいのか聞いて回り、どの地区に何人の避難民がいるのかデータベースを作りました。

生理用品や、紙おむつなどが喜ばれたそうです。

2カ月たつと、ガソリンが手に入るようになり、物資ではなく、今度はお金が必要になります。

集めた義援金が1千万円分あったので、辰野氏たちは封筒に1万円ずつ入れて配りました。

モンベルという東北から離れた関西の企業が、なぜ震災発生から、すぐに動けたのでしょうか?

それは、地元の神戸で起きた阪神大震災の経験があったからです。

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●モンベルとして防災用品の普及も進める

阪神淡路大震災の時は水と食料、ブルーシートを車に積んで、辰野氏の自宅から被災地に向かったそうです。

現地の安置所では遺体が並び、痛ましい姿から、寝袋に遺体を入れられないか考えたそうです。

しかしその夜、がれきを燃やして暖をとる被災者がたくさんいることに気付き、寝袋は生き残った人が使ったほうがいいと考え直しました。

翌日から、被災地でテントを張って回りました。

その数は、寝袋2千個とテント500張りです。

アウトドア用品が、被災地で役に立つことを実感した瞬間でした。

しかし、被災地でのニーズはいくらでもありましたが、このまま無償提供を続けては会社がつぶれます。

そこでA4用紙に人、モノ、金を募集するFAXを百数十社に送ったところ、競合他社や個人から支援の申し出が相次いだ。

義援隊の概念が生まれた瞬間です。

東日本大震災では、津波が甚大な被害を引き起こしました。

もしライフジャケットを着用していたら、多くの人が助かったかもしれません。

ライフジャケットは船や飛行機に完備されているのに、津波や水害の危険性があるとハザードマップで指摘されている地域の学校や、老人施設に無いのはおかしい。

でも普通に生活をしていると、自宅にライフジャケットを常備しておこうとは誰も思いません。

だから、いざという時にライフジャケットになるクッションをモンベルとして開発しました。

これなら普段はクッションとして日常で使用しながら、いざという時に使うことが可能になります。近い将来起こるだろう大地震に備えて、普及を目指しているそうです。

モンベルの防災グッズ

●アウトドアで地域活性化に取り組む

モンベルは地方自治体と提携し、アウトドアスポーツを通して、地域を活性化する取り組みを始めた。

2008年、鳥取県大山の登山口に開業したモンベルストアが1番最初です。

以前は、大山町も登山客や、スキー客でにぎわっていましたが、近年は観光客が減り活気がなくなっていました。

そんななか、自治体から出店要請が辰野氏のもとに届きました。

当時は広島や岡山への出店を検討しており、初めは人口が2万人に満たない大山町はビジネスとして成立しないと考えていたそうです。

ただ、従来の都市型店舗と違って、登山の基地になれば面白い。

最終的に、大山町と鳥取県から協力を得て、出店を決まりました。

モンベルは、商品と従業員の面で協力しますが、土地代と建設費は自治体に負担してもらうためその分、リスクは低くて済むのです。

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開業後、登山客が登山前に身の回りの装備品をそろえるために店舗を訪れ、売り上げは順調に伸びていきました。

こうして、大山町にも登山客が戻ってきました。

それから全国の自治体から誘致が相次ぎ、北海道の大雪山や富士山など、アウトドアフィールドに隣接した立地への出店を進めました。

大雪山の麓にある東川町の店には、登山客に加えて地元客も多い。

単位面積当たりの売上高は、東京の渋谷店と変わりません。

東川の米農家と協力して、機能的な農作業着の開発もしました。

格好の良い女性就農者を増やしたいと、夢は尽きません。

モンベルは農林水産省のプロジェクトに参画していて、アウトドアだけでなく第1次産業のお手伝いも担おうと頑張っています。

●自然を楽しむ観光ルートを整備、旅行会社を通じて商品化

日本の地方には、豊かな自然があります。この資産を生かせるのはアウトドアです。

そこに着目したモンベルは、自転車やカヌーなどを楽しむコースを整備する「ジャパンエコトラック」を始めました。

各地のガイドマップを作成し、自転車の空気入れなどを常備する協力店を増やして、受け入れ体制を整えます。

第1弾として、鳥取県内を自転車などで周遊するルートを設けた。

これはANAセールスが、旅行商品として販売しています。

そして、モンベルでは物販事業とは別に、アウトドアフィールドへ顧客を案内する「モンベル・アウトドア・チャレンジ」を実施しています。

経験豊富な直営店スタッフと、本社社員が、トレッキングやスノーシューなどのプログラムを企画・運営します。

辰野氏自身もガイドとして、冬山登山ツアーなどに参加しています。辰野氏には以前、やりたかったガイド業への思いが残ってるのかもしれません。

「人はなぜ冒険するのだろう」

辰野氏は常にそう言って、自問自答をしてきました。

日本はリスクを伴って冒険に挑戦する人を支援する風土が、薄いと言われます。

口では「失敗を恐れずチャレンジしろ」というが、いざ失敗をすると世論は厳しい。

辰野氏は、これからを生きる人たちには、夢と冒険心を忘れないでほしいとメッセージを発信しています。

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※辰野勇(たつの・いさむ)1966年大阪府立和泉高校卒。高校時代に読んだ本に感銘を受けて登山家を志す。69年に当時世界最年少でアイガー北壁の登はんに成功。登山用品店などを経て、75年モンベル設立。大阪府出身。

※参考/日本経済新聞

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