巨樹は男性それとも女性なのか?

マザーツリーという言葉が西洋にはあります。
だから大きな樹を母性に例えたりする文献をよく見ます。
では日本はどうかというと、八百万の神々の信仰という古代からの風習があるので、土地によって違いがあるようです。
特に男女の区別はなく、ただ「神」として崇めているところが多いかもしれません。

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植物学的には、イチョウやカツラのように雌雄異株の巨樹もあれば、ひとつの花に雄しべと雌しべが並んでいる両性花の巨樹もあったりして、判断が難しい。

民族学的に考えてみると、ギリシャ語やラテン語では樹木は女性名詞です。
かつて西洋では巨樹は女性であったと言われます。
これは古代人が、樹木のもつ繁殖力を崇め、その属性を女性としたからではないでしょうか。
その証拠に食物の源を司る神として、狩猟の神(ダイアナ)、かまどの神(ベスタ)、農業神(セレス)など、ほとんど例外なく女神です。

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樹木の木の実や、無数の葉っぱから、すべての種類の生命が、生まれ育まれていく

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人間をやさしく包み込む大自然の感触は、地母神そのものであり、本能的に母胎の感触だったと考えても不思議ではありません。

例えば仏教の教祖、釈迦の母マヤ夫人が、沙羅双樹を抱いたとき、その右脇腹から釈迦は生まれたとされています。
その時点で仏教の考えも、沙羅双樹の生命力は女性と結びつきました。

そしてキリスト教のマリア信仰も、地母神信仰の変形と考えられるかもしれません。

日本では、樹木神は山の神としても崇められています。
そして山の神の性別は女性であることが多い。それゆえ山の神にお供えする魚は、醜女を連想させるオコゼでなければならない。姿の美しいタイやブリでは具合が悪い。山の神が嫉妬してしまうからです。
でも日本では、巨樹自体を女性に見ることは圧倒的に少ない。

たぶん巨樹をみると、様々な着生植物が枝や幹に絡みつくように生えていまいるその様子を見て、母なる存在だと想像したのではないでしょうか。
ヤドリギはもとより、蔦やカズラ、シャクナゲなどが巨樹に着生し、巨樹を母として棲み
ついています。

屋久島に訪れたことはあるでしょうか?
縄文杉には三種の着生木が根をおろしているし、縄文杉に至るあちこちでそんな巨樹をたくさん見かけることができます。
その様子は、ちょうど母系社会の家系図を見ているようでもあるといえます。

巨樹が男性に例えられる場合の理由

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日本以外にも世界には、巨樹が男性だという説も少なくありません。

男根や陰茎という言葉があるとおり、男性側の生命力が樹木と結びついた民俗は、古代、中世ヨ-ロッパにいくつも見られます。

紀元前425年、ギリシャのアテネの市民は祝祭のとき、男根をかたどった木を直立させてかつぎまわっていたという。これは中世以降の五月柱(メイポール)につながる慣習だとも言われています。

しかし童話や絵本を見ると、巨樹を「山のお爺さん」に例えられているものが多い。

そういえばディズニーの映画でも、深い森に迷い込んでしまった子どもを怖がらせる木々も幹に男の顔です。

樹齢何百年と生きる長寿の木を前にして、日本の祖先は「仙人」「森の賢者」「森の長老」といった姿をそこに見たのかもしれない。
日本人には「木=おじいさん」というイメージが強くあるから不思議です。

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